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Sun.

瓦氏夫人  

次期拡張パックの発表会で気になる画像がありました。

これです。

地域の実力者

えっと…これはどこかのアングラサイトで拾った謎の画像でして…。
決してどこかのサイトから違法コピーしたものではありません…。

…。

…。


このブログはずっと非公開にしますのでお見逃しください(T人T)

これは日本・朝鮮・台湾・華南の実力者の画像なんですが…残りの三人が判りません。
SS掲示板には左が李舜臣じゃないかとか、右上は朝鮮の光海君じゃないのかと書いてます。
で、右下の女性っぽいシルエットは…?

やっぱりオリキャラ?

多分オリジナルのキャラなんでしょう~


ですが、ここで私は新説を掲げます!

残りの三人は左から順に李舜臣(朝鮮)、鄭芝竜かその類(台湾)、瓦氏夫人(華南)です!

…前の二人は検索しておけばウィキペディアとかその類でわかりますけど、瓦氏夫人なんて検索しても日本語のサイトだとあまり詳しくは載っていないはずです。

マニアック過ぎました(T▽T)

時代も他の三人は多少被るでしょうが、この人の場合は30~50年くらい前ですし。

やっぱりオリキャラ説が最有力ですね。


と、取り敢えずヨーロッパ人が中国へ来た時の人ですので、この機会に取り上げます~


この瓦氏夫人については中国では結構取り上げられていたりするんですけど、日本でこの人を取り上げたものって…私が見た限り二つしかありません。
ネット上には簡単にかいたものなら結構見かけるんですけど、より詳しく取り上げたのはないんです。

ということで数回に分けて少し詳しくこの人と彼女がいた広西の情勢について取り上げてみたいと思います。
高校(中学も?)の歴史の教科書にも載っている人が出てくるかも?(未定ですが)



実質的な内容は次回にするとして(丸投げ)、今回はどうでもいい知識を少し詰めこんでもらいます。

えっと瓦氏夫人と呼ばれていますが、この人のお父さんは広西の帰順州土官の岑璋という人です。

まず土官って何かということになりますよね。
これは元(モンゴル)の支配の頃から中国の少数民族(本当は少数民族に限ったことではないらしいですけど)の有力者の支配権を認めて、王朝支配に組み込んだもので、これを土司や土官と呼ぶんです。
こうした官位は世襲されるものですので、土着する人間の付く官位ということで「土司」や「土官」といわれたらしいです。
土司と土官の違いなんですけど、基本的にほとんど変わりません。
所属が違うだけで実情は同じ権限だったようです。
ウィキペディアの記述を信じるか私の発言を信じるかはお好きなように…(T-T)

上記で気付かれた方もいると思います。
瓦氏夫人はチュアン(壮)族の人です。
高校の地理で使った地図帳を見ていただければわかると思いますけど、広西のところに壮族自治区ってありますよね。そこが舞台です。
壮族の人たちは昔彼女の廟を建てて祀っていたらしいです。
いまは残っているかどうかわかりませんが。


瓦氏夫人なんですが、田州土官の岑猛のもとへ嫁ぎます。
岑璋の娘が岑猛の所へ嫁ぐ…これでなんで瓦氏夫人って呼ぶのか?

これについてはよくわかっておりません。
林琳氏の説では彼女は岑氏の出身で、同じ岑を姓とする岑猛へ嫁ぐことは同姓不婚の慣習があることで宜しくないことであるから、彼女の本名岑花の「花」とチュアン語で同音の「瓦」を姓としたことから瓦氏としたといいます。
ただ、林氏の説(特に同姓不婚の慣習)には疑問を感じます。
蛇足ですが、瓦氏夫人のお墓から本名とされた「花」はどうも幼名だったみたいなのです。幼名だから林氏の説が間違っているという材料にはなりませんのでそこはご留意を。

ということで雑な知識を積み込んでもらったところで次回に続くw
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2009/08/02 00:00 [edit]

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