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ヨーロッパに伝わった三国志?  

DOLでバレアス諸島あたりを航行しているイスパNPCのメンドーサさん。
多分この人は『シナ大王国誌』を書いたゴンサーレス・デ・メンドーサじゃないかと思ってます。
中国について書かれた本なんですけど、このメンドーサって実は中国に行ったことがなかったり。
それでも現地に行った人の記録とかを集めて纏めた上げたみたいですから、それだけでも凄いと思います。

さてさて、この人の『シナ大王国誌』は岩波書店の大航海時代叢書から翻訳本が出てます。
実は持っていたんで、暇なときにちょこちょこ読んでいたんですけど、この中に歴代の中国を統治した王についての話が非常に簡潔ですけど書かれておりました。

ただ、その部分は翻訳者もかなり苦労したんでしょうね。話に出てくる人名が誰なのか怪しいのが幾つもあります。
私は原文を読んでいないのでわかりませんけど、訳文だけ読んでもこれはこの人じゃなく、この人のことじゃないの?って思うのがちらほらとありました。
訳者は注釈を頻繁に付けていたことからもその苦労が窺えます。
『シナ大王国誌』のその記述自体不正確だったということですね。

さてさて、その中に三国時代についての記述があったのでその部分を抜粋・・・するのも面倒なので私がそのあらすじを簡潔まとめます。
一応翻訳本に完全依拠して書きましたとことわりを入れておきます。

(中国を支配していた)献帝は暗愚であったために国民は彼を忌み嫌った。彼の甥で劉備という者が叛乱を起こし、当時宮廷にいた関羽と張飛という勇猛な武将が劉備に味方をしました。伯父の献帝はこれを鎮めることができなかったために、各地での叛乱を誘発する結果となるのです。
その中でも孫権・曹操・袁紹・袁術の四人が結束して反旗しました。
劉備はこれを見て、伯父の献帝を助けるという形でこの四人と戦いますが、後に孫権と和睦してその娘と結婚して他の三人と戦います。
その後、この国は分裂して劉備・曹操・孫権の三人が支配するようになり、その分裂状態がしばらく続き、晋の武帝(司馬炎)が反乱を起こして劉備の後を継いだ王を殺しました。この人物は偉大な人で、後に三国を統一しました。


という話です。
三国志を知っている人ならツッコミたくなることだと思います。

これを見る限り、劉備が時代の主軸になっていますよね。
多分、これって当時の中国での三国志の話の主役は劉備っていう認識が広まっていたことがその要因なんじゃないでしょうか。


これってもしかして、ヨーロッパに伝わった三国時代のお話の中でも古い方に入るんじゃ…。
『東方見聞録』にも三国のお話ってあるのかな…。

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2009/06/09 00:00 [edit]

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