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Tue.

久々の更新は…  

一ヶ月以上も更新をさぼってました。

ほら、一度楽するとダラダラしたくなるじゃないですか( ̄▽ ̄;)
ダラダラとしていました。

ブログ更新も全くせず…でも言い訳をさせて貰えば前ほどinしていないのでネタが…。

一番の理由はやる気がなかっただけですけどね!!!


さて、久々のDOLブログのネタはなんと!


三国志オンラインをやってきました…。





す、すいません! 久々に更新したネタがDOLじゃなくて三オンだなんて…(T▽T)

ほら、三オンがサービス終了するから体験垢の制限が大幅に緩和されたじゃないですか。
それに便乗してやってみようって魂胆です。

これでも三国志ヲタですし…。

そんな訳であっちの世界へ行ってきました!!


私の体験垢はレベル2くらいです。
殆どやってません。
前に入った時は子犬が可愛かったのに満足してそこでゲーム終了です。

ということで今回はちょっとやってみました。

入ってみると目の前に水鏡先生がいましたよ。

水鏡先生_m_image

【どうでもいい三国志の豆知識】
水鏡先生こと司馬徽、字は徳操。潁川の人。
荊州に移り住み、そこで学問を教え、徐庶・龐統・向朗・尹黙らが彼の下にいたという。
『三国志』巻三十五「諸葛亮伝」の注に引く『襄陽記』には劉備に俊傑として諸葛亮と龐統の名を教えている。
『世説新語』言語篇の注に引く『司馬徽別伝』には(と言いながら『世説新語』じゃなくて盧弼の『三国志集解』の龐統伝からの孫引き?だったり)荊州を治めていた劉表の性が暗く、必ず善人を害するであろうことを見た司馬徽は袋の口を括るように口を閉じて人と何かを論じることはなかった。
司馬徽は人を見る目に優れていたものの、人物の評価を司馬徽に伺った人に対してはその評価を言わずにいつも「よい」と言っていた。そのために妻から「人は疑問に感じたことをただそうとしています。あなたはそれに応えるべきなのに一様に皆よいと言ってます。人はあなたに尋ねていることはそのような(「よい」という)ことなのでしょうか」と諫められるも、「君の言うこともまたまたよい」と答えるという冗談っぽい話が残っている。
曹操が荊州を手に入れると、曹操は司馬徽を用いようとしたが、その頃に病でこの世を去った。














さて、豆知識を頑張ったので以下はてきとうに書きます。

えっと、村の近くに盗賊だったかなにかがいるのでそれを退治して来いと言われたので退治しに行きました。
親切にもその場所まで自動で移動してくれるシステムがあるじゃないですか。

便利すぎですw

そして余裕で賊を退治して依頼達成しました~


あれ、なんだろうこの緩い感じは…。

さ、最初だからですよね!

これから凄いことが待ち受けているはずです!!



三国志オンラインサービス停止まであとわずか!!



三国志ヲタ達よ…体験垢で旗揚げだ!!(謎の宣伝文句)




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2010/06/22 00:00 [edit]

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